『自己愛性人格障害』本人のブログ

自己愛性人格障害者本人が綴る、深層心理

自己愛な人生⑤〜理想化と脱価値化〜

自己愛性人格障害者は

自分を賞賛する者

現実的な処理をしてくれる者

が大好きである。

 

賞賛とは褒めてくれるのはもちろん、

自分の意見に共感してくれる人もそうだ。

逆にいい意味で他人に興味がなかったり

自己愛的ではなくただワガママな人

あっさりとした人は苦手である。

 

元夫は上記の2つを満たしていた。

更に言うと、芯が強くて優しく、思いやりに溢れた安心感のある人だった。

自尊心をしっかりと持ち、いつもまっすぐであった。

自己愛性人格障害者とは真逆な人物だった。

これらは全て別れてから気づいた。

(書いてると泣きそうになる)

 

私は元夫を完全に

理想化

していた。

 

しかし、彼を尊敬していたのではない。

なんでも言うこときいて褒めてくれる人

あまり知識がないから見下しの対象になる人

だった。

 

自己愛性人格障害者だと自覚してなかった私は彼に対して放漫に振る舞い続けた。

とはいっても喧嘩をするわけではなかったのでうまくいってると思い込んできたが、彼は

我慢し続けてた

と今となっては理解できる。

 

そしてあることをきっかけに私は

自己愛忿怒

をおこし、彼を罵りまくった。

脱価値化

の始まりだった。

 

自己愛性人格障害者は相手がうまくコントロールできなくなると、相手は最低なやつだと思い込むことで自分を保とうとする。

自分の意見をぶつけるのではなく、とにかく相手を貶めるためならあることないことを言い続ける。

ほんの些細なことでも100倍くらいにして罵る。

 

あとからあなたはこんなことを言っていた!

と言われても覚えていない。

本当に思って言ったのではなく、その場で怒りを爆発させ発散させるためにいったのだから、内容なんて覚えていない。

記憶の改竄、捏造

も特徴としてあげられるが、わざとやっているのではなく、よく覚えていないからいいようにでっちあげるのだ。

 

 

私は理想化→脱価値化で離婚にまで至ったわけだ。

もちろん泣いてすがって粘着しまくった。

犯罪手前の執着を繰り返した。

彼なしの自分は

無価値になる。

と本気で思っている。

彼のことが好きではなく、彼の妻である自分が好きだから、居なくなられては困るのだ。

現在私は実家に引きこもってニートである。

無価値な自分では誰にも会いたくないのだ。

 

何があったかは特定を防ぐために伏せておく。

あくまでも彼を想ってではない。

自分のため

である。

これが自己愛性人格障害者の本音だ。